多様化する女性の生き方、主義や主張、年代を超えて、輪となって繋がっていくことに希望と願いを求めてのこのアクション。 この閉塞した社会を変えられる可能性を女性たちは秘めている。 手をつなぎ、声高らかに歌を歌い、音を奏で、ままならぬ日本の現状に怒りも悲しみも願いもすべて、優しさとともにアピールする。 そのようなイメージを紡いで行きながら、ご賛同下さった皆様とともに未来への活力、喜びになる会を是非とも創りあげていきたいと切にねがっております。
女たち・いのちの大行進実行委員会一同

「女たち・いのちの大行進」は、母の日の5月11日に1000人の参加者を迎え、華やかに開催することができました。「原発・核はいらない」「戦争はいらない」「差別はいらない」という女性たちの祈りを、上野恩賜公園から全世界に発信できたことに感謝いたします。

2014年07月07日

『女性情報』2014年6月号に掲載されました。

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@『女性情報』2014年6月号より <写真:島田恵さん>

実行委員の一人、本多容子さんが書かれたレポートが、『女性情報』に掲載されました。記事の内容は下記のPDFをご覧ください。
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2014年05月27日

【感想B】一参加者

ブログに掲載されている英語版歌詞の"Singing for Our Lives"を読んで、これは1970年代頃のゲイ解放運動と関係がある歌なのだろうと直感しました。が、日本語版には「ゲイ」も「同性愛者」も出てこないことに、それから私が読んだときに感じた歌詞全体の持つ大きな意味が読めなくなってしまっていることに、がっかりしました。もし英語版歌詞が原文で紹介され、その内容を紹介するための日本語の翻訳があり、さらに日本語版として全く別の歌詞をつけた、と書かれていたのなら、私の勝手な思い入れは脇においておこうと思えたかもしれません。
以下、今回あらためて調べたことを足しながら書きます。
この歌の原作者はHolly Nearという女性歌手でアクティビスト。ベトナム反戦運動や女性運動、そしてLGBTQ運動に関わってきた人です。
(ちなみに「LGBTQ」は、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー/トランスセクシャル/トランスベスタイト、クィア/クエスチョニングあたりの頭文字をつなげたもので、日本語で「性的少数者」と訳されることも多いです。歴史的な経緯から、こうした人たちをざっくりひとまとめにするのではなく、セクシュアリティに関連するアイデンティティについてわざと異なる位相の言葉を並べてあります。)
Near自身あえて(女性と親密な関係を結んだことがあるということ以上に政治的な意味をこめて)自分がレズビアンであると公にしてきたのですが、1978年サンフランシスコのハーヴェイ・ミルクとモスコーニ市長の暗殺事件を知ったのをきっかけにこの歌を作り、追悼集会で参加者と一緒に歌ったものだそうです(レコーディングが発売されたのは1983年)。ミルクは、当時米国で初めて同性愛者であることを公にした上で選挙に立候補し当選した非現職の政治家で、サンフランシスコ市の評議員(市会議員と訳されている場合もあります)でしたが、当選後1年も経たないうちに同僚だったダン・ホワイトに、モスコーニ市長と同じ日に暗殺されています。当時の社会状況と合わせたミルクの政治活動と暗殺について知るには、ドキュメンタリーとドラマ化された映画がおすすめです。
"Singing for Our Lives"の歌詞の初めの節には「we are gay and lesbian people」とあります。当時は(そしてその前もその後も)ミルクがそうであったように、同性愛者である/とみなされることで暴力の標的になり殺されかねない状況です。その状況の中で、集まった人の中には同性愛者であると自認する人が多かっただろうこと、ゲイであることを公にしていた公職者の暗殺があった直後に自分たちがそうだと歌うことは重かったことが想像できます。集まった人たちがこの箇所を含めて声に出して歌ったことに感動したNearは、2008年のミルク暗殺から30年の記念集会や2010年のインタビューでそのことを語っています。そしてNearは、この人たちはとても勇気のある人たちだったといいます。その後この歌は数え切れないほどの米国内外の反戦運動や反核運動、人権運動の場で歌われるようになり、その最初の部分も「we are gay and straight together」に変えられたりその他のフレーズが付け足されていったのだそうです。その後、Nearによれば、(異性愛者か同性愛者かというだけでなく、またゲイやレズビアンに限らない)セクシュアリティについて「私たちは〜である」といえるような言葉だけとりあげてもこの1フレーズに全部入れるのは無理なほどあることを学んだので、「we are all in this together」という部分が足されたとのことです。
詩の節を増やしていくことで「私たち」の多様性を並べ立てる形の歌詞として発展してきたこの歌の歴史は、私には大事な点だと思えます。またこの歌がangryだけでなくgentleだとあえて言うのは、どんなに巧妙に、悔しいことに理不尽に正当化されてしまう暴力であっても、その暴力の不当さが糾弾されない不正義に対しても、あえて「私たちは」非暴力で怒りを表明していくという決意のための言葉です。本当は本当に怒っているのです。日本語版の歌詞は「やさし」すぎるのではないかと思うほどに。だから全く別物の日本語版ではなく、英語版の翻訳が併記されていてほしいと願うくらいに。実際、ミルク暗殺に対する判決が出たときには大きな暴動が起こりましたし、この歌はこみ上げる怒りをぎりぎり押しとどめているような印象を、私自身は受けます。
異なる「私たち」が怒りを非暴力運動に振り向けて社会変革をめざすために書かれ歌われてきた歴史を持つこの歌が、今回の行進のテーマソングの一つとして採用されることはすばらしいと思います。ただ、歌に個別の歴史があることを知り、その積み重ねも、分かる範囲でしかないけれども、私は知っておきたいし共有したいと思いました。
今回調べたときに参照したページとビデオのアドレスはこちらです。
お時間のあるときに、ぜひ読んで/見て/聞いてください。
- Holly Near Interview (2010)
ハーヴェイ・ミルクの映画はこちら。
- "The Times of Harvey Milk" (1984)
"MILK" (2008)
(一参加者)
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【感想A】赤坂京子さん

◇いのちに寄りそうおんな達よ、ゆるやかに手を繋いで歩いて行きましょう◇
 
5月11日の明るく晴れ渡った東京上野公園野外ステージに、福島を先頭に全国各地から駆けつけたおんな達でスタートした「おんな・いのちの大行進」。ステージ正面にはカラフルな集会タイトルとその両側には「原発いらない」「こどもを守れ」など沢山の声が縫い付けられたカラフルな布のタペストリーがありました。
絶対に安全だと宣伝されていたのに2011年3月に東京電力福島第一原子力発電所が爆発事故を起こし大量の放射能がまき散らされてから3年あまり。国がした事は「放射能は怖くない」「お母さん達が心配するから子どもに悪影響を及ぼすのだ」という、こんな事態になっておよそこんな非科学的な宣伝がありうるのかと耳目を疑うような事があり、幼い子ども達を抱えたお母さん達の苦悩は今も続いている中で開かれた集いでした。
希望のフェスと名付けられた集会の第一部は、《いのちの平和に原発いらない》と歌う光のほうへやWe Shall overcomeの歌声で始りました。会場全体で歌うという久し振りの経験で、そう言えば若い頃ベトナム反戦などの闘いの場には人々を励ます沢山の歌が常にあったという事を思い出しながら歌いました。メッセージスピーチでは車いすの安積宇宙さんの「フクシマ事故後自分だけ母とニュージーランドへ避難した事に大切な人達を残したままだという罪責感を覚えていたが、自分が安全なところにいる事で大切な人達も来てくれるだろうと今は思っている。障がいがあることで周囲の人達に助けてと伝えて沢山の人達と繋がっている」、沖縄からいらした高里鈴代さんの「原 発は安全だと言われていたのに爆発事故が起きた。沖縄には世界の安全の為にと米軍基地が押しつけられているが、辺野古に新基地は作らせないと座り込みを続けている。人間の暮らしを破壊する原発も基地もいらない、一緒に闘いましょう」、アイヌ女性からは「小学校で同級生や先生からアイヌという事で差別されて登校できなくなったが、長じてアイヌは汚いものではなく人という意味だと知り、自分も人間なのだから堂々と生きて行こうと思った」、福島の女性からは今も深刻な汚染の中で暮らす日々の不安が語られました。第二部のパフォーマンスライブでは、アイヌ民謡や古代フラ、歌などの様々なパフォーマンスが続き、会場は原発いらない、命を守ろうの思いの中一緒に歌い、踊り、語りのシスター フットの世界になり、あれあれっと踊っている人の中に落合恵子さんや武藤類子さんを見つけたり、一緒に参加したアイヌ女性の多原良子さんと違って大勢の人達の中の踊りに参加出来ない未解放人間の自分を自覚したりでした。(笑い) 
やがて《ゆっくりウォーク》の時間となり、車いすの皆さんを先頭にゆっくり歩くおんな・こどものデモ後進が始まりました。成人男性中心の荒々しいデモ行進と違って、旗・幟無し、大きな声のシュプレヒコール無しの歌声響く優しい行進でした。私はアイヌ民族衣装を着た多原良子さん、落合恵子さん、福島瑞穂さん、女優の木内みどりさん達が先頭の第4グループで行進しましたが、スピーチで初めてアイヌ差別の問題を知り、何も知らずに申し訳無かったと行進中に多原さんに話しかける女性もいました。
私は長年国家公務員労組で働いてきた経験があるのですが、集会時の腰に手をあてて握り拳を「お−」と突き上げるスタイルには男性の攻撃性・暴力性が表れていてずっと違和感がありましたし、成人男性中心のスピードの早さで歩くデモ後進も大きなボリュームで繰り返されるシュプレッヒコールにもあわせつつ「疲れるよ〜」と思っていました。
福島原発事故後、長年核で核を抑止するという狂気の時代における人間の多様性・想像力の必要性を訴えて来て、ついには日本において起きた原発事故後、その倫理性においての核・原発廃絶運動の先頭にたって行動している70代後半の大江健三郎氏が、たまたまデモ後進の先頭で歩いた一日、頭の上から大音量で響きつづけているマイクの前を歩いて苦しい想いをしたという記事も目にしていたので、この優しいおんな達の行進には、全ての人が参加出来るという居心地の良さと安らかさを感じて歩く事が出来ました。
実際に子どもを産む・産まないに関わらず身体的にも毎月命と向き合う体験を重ねて生きている女性達の、自然と共にある感性、命に寄りそう感性があってこその新しい形のデモ行進だったという事を感じましたし、世の中の半分は女性なのに声を消されて生きている女性達の声こそがこの深刻な経済原理最優先、いのち・人間切り捨ての日本社会を「いのちこそが何よりも大切」「こどもを守ろう」「安心・安全に居きられる社会を」というあまりに自明な原理が基礎にある社会へと変えていく事が可能なのだと思います。
世界に誇れる平和憲法を持つこの国で、祖父の亡霊にとりつかれたような安倍政権が戦場へ派遣され命の危険と直面する人達の事は全く想像もせずに小さな子どもがおもちゃの銃や戦車を欲しがるように、アメリカと一緒に戦争出来る国にしようとしています。武器輸出、原発輸出でお金儲けをしようとしています。私達は戦争も原発も軍事基地もいりません。世界の人達と仲良くし、子ども達に安心・安全な社会を手渡したいだけなのです。
放射能に汚染されてしまったこの国において、未だ福島の事故収束の目処さえたたないこの国において、決して諦める事なく、自分が今出来る事を一つ一つ積み重ねていきましょう。おんな達の力を見せてあげましょう。この人権後進国日本において。(札幌 赤坂京子さん)
posted by やい at 20:19| Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【感想@】うのさえこさん・市場恵子さん

準備をしてくださった皆様、本当にありがとうございました。もう何もかも素敵でしたが、スピーチには特に感動しました。呼びかけの中にある、核・原発のない世界、戦争のない世界、差別のない世界を求めるというその広がりと深さがとても実感できたスピーチでした。各地での女たちのたたかいと、つながりが、未熟者の私にも伝わってきて、鳥肌が立ちました。岡山の市場恵子さんが、フェイスブックで素晴らしい投稿をしてくださっていたので、フェイスブックをされていない方にも読んでいただきたくて、貼り付けます。

-----以下、転載-----
 
★「5.11 女たち・いのちの大行進」@上野恩寵公園 つづきです。
「希望のフェス」の始まり、始まり。。。
トップバッターは車椅子に乗った安積宇宙(あさかうみ)ちゃん。
「私は障害があることをマイナスと思ったことがない。周囲の人に”助けて”と言うことでたくさんの友だちができた。友だちからは”宇宙はズルイ!”とうらやましがられている。世の中の考え方とは逆だと思いませんか?」「不調和がたくさん存在するこの世界で、私は車椅子に乗って、人に助けを求めることで『調和』を生み出していき...たい。耳を傾けさえすれば、どんな人にも話したいことがある。若い人々の声に耳を傾けてほしい」
何も準備して来なかったので、と言いつつも、宇宙ちゃんのメッセージは自然体でストンと落ち、希望の光で胸を温めてくれました。ビバ!うみちゃん!
2番手は、沖縄から飛行機で駆けつけた高里鈴代さん。「機内で走ってきた」と会場を笑いに包む。胸に沖縄の美しい海の写真を掲げてスピー チ。「原子力は平和利用」「基地は安全」というウソのキャンペーンにごまかされてきたが、「誰のための安全か」を問い直さなくてはならない。「みんなのた め」と言いながら、基地と原発は暴力と破壊しか生み出さない。「原発はいらない」「基地はいらない」。実現するまであきらめないで歩み続けましょう、と結 んだ。
3番手は、「レラの会」会長の平田幸(みゆき)さん。アイヌ語の「イランカラプチ」は「おはよう。こんにちは。こんばんは」。「あなたの心 にそっと触れさせてください」という意味。北海道釧路の出身。4歳から祖父(山本多助)にアイヌの古式舞踏を習う。小学校では「アイヌ」であることでいじ めを受け、教師からも不当な扱いを受けて不登校になった。アイヌであることを誇りに思えず、踊りも隠れて踊っていたが、18才 の時、「アイヌ」=「人間」という意味を知り、自信を取り戻した。引きこもっていないで、出歩いていい、人と話していい、踊っていい、と今までの自分から 解放され、堂々と人前で踊れるようになった。人にいじめられ、差別されてきた痛みを知っているから、私はいじめや差別をしたくない。
幸さんはときおり涙ぐみながら、大切なお話をシェアしてくださった。感謝!
4番手は、朴慶南(ぱくきょんなむ)さん。鳥取県出身の在日コリアン2世。元気のよい「アンニョンハセヨ」。「アンニョン=安寧、ハセヨ= ですか?」。お釈迦さまの言葉「弱い者、強い者、小さい者、大きい者、すべての命が尊ばれるべし。生きとし生けるものすべて幸せであれ」(正確ではないで すがこんな感じ)を引いて、幸せを奪うものの象徴が「戦争」「核」「原発」。いのちが大事。いのちさえ忘れなければどんなドジでも取り返せる。判断のモノ サシは「いのちが大切にされているか」。残念ながら今の社会はいのちより儲け(お金)優先。「サラム=人/サラン=愛」という言葉がある。ハングルの 「ム」には□、「ン」には○がつく。そもそも自然界は曲線ばかりで直線はない。直線は人が作ったもの。国と国、人と人に線(境界)を引いて、争ってきた。「人」が作った境界線を「愛」で溶かして平和な世界に変えていきましょうと結んだ。(熱いスピーチに引き込まれて、写真を撮り忘れました。笑)
5番手は、福島県郡山市の荒井祐子さん。「原発いらない福島の女たち」のメンバーで、経産省前での3日間座り込みにも参加された。除染の現状や矛盾、子どもたちの健康被害について報告。外向けのキャンペーンは、実際の住民対応とはギャップがある。3年あまり経た今も、原発事故は収束していない。福島の女性たちの声に耳を澄ませ、目を凝らし、心を傾けていく必要があると思う。
最後に、ルワンダから福島へ移住されているカンベンガ・マリールイーズさんと、アメリカのノーマ・フィールドさんからのメッセージが代読さ れた。「子どもたちはおとなの背中を見て育つ。戦争や差別のない世界を作っていきましょう」(マリールイズさん)。「インドの『ヨーガ・スープラ』では、 物や財産を奪うことだけでなく、人の尊厳や自信(生きる力)を奪うことも”盗み”と説明している。”命を大切にすること”を体を通して実感しよう」(ノーマさん)。

----転載ここまで---
 
京都の女たちでも、これに続こうと話し合いを始めました^^ 
感謝をこめて(京都 うのさえこさん)
posted by やい at 20:16| Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月12日

【ご参加ありがとうございました】

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上野水上音楽堂に朝9時に集合したスタッフたち。担当ごとに打ち合わせをして、いざ準備開始!

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ベトナムサンドイッチ、キムチ、ベーグル、アラブ料理などバラエティーに富んだワールドバザールの出店。

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12時開場、思い思いの扮装やバナーでアピールする参加者たちが次々来場しました。その数、およそ1000人です!

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メッセージスピーチ
    ◇ 安積宇宙(障がいをもつ人)
    ◇ 高里鈴代(沖縄)
    ◇ 平田みゆき(アイヌ民族継承者)
    ◇ 朴慶南(在日韓国人)
    ◇ 荒井祐子(福島)
    ◇ 各国からのメッセージ代読

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パフォーマンスライブ・・・【司会】ゼロノミクマ
    ◇ アイヌ舞踊:レラの会
    ◇ 古代フラ:水野みさを & 虹の天の鳥たち
    ◇ こぐれみわぞう
    ◇ 寿[kotobuki]「ナビィ/ナーグシクヨシミツ」
    ◇ 李政美
      & 竹田裕美子、向島ゆり子、矢野敏広
    ◇ フィナーレ
音楽に乗って、女性たちが一斉に踊り出しました。私たちの願いは一つ。女性たちが泣かないで済む社会をつくること。

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「ゆっくりウォーク」は、1.2kmのコースをゆっくりゆっくり行進しました。今回、「鳴り物やシュプレヒコールなし、歌声でアピールしましょう」という新しい取り組みにチャレンジしましたが、大成功だったのではないでしょうか。今回のコースは3つの区にまたがっていたため、先導役の警察官も途中で2回の交代がありました。役目を終えたお巡りさんには、デモ隊から「ありがとー!」の声も飛ぶ和やかさ。参加者からは「今まで一番楽しいデモ」「次は、地元でやってみたい」という声が聞かれました。

すべての人に「ありがとう」をいわせていただきます。このブログの役割を終えたいと思います。
(「もう少しだけブログを開けておいて〜」という声をいただきまして、クローズを延長することにしました。ご感想やお写真などお送りいただければ、引き続きアップさせていただきます。送り先:inochi511@yahoo.co.jp まで)

本当にありがとうございました。

■報道■

■動画■

posted by やい at 21:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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