多様化する女性の生き方、主義や主張、年代を超えて、輪となって繋がっていくことに希望と願いを求めてのこのアクション。 この閉塞した社会を変えられる可能性を女性たちは秘めている。 手をつなぎ、声高らかに歌を歌い、音を奏で、ままならぬ日本の現状に怒りも悲しみも願いもすべて、優しさとともにアピールする。 そのようなイメージを紡いで行きながら、ご賛同下さった皆様とともに未来への活力、喜びになる会を是非とも創りあげていきたいと切にねがっております。
女たち・いのちの大行進実行委員会一同

「女たち・いのちの大行進」は、母の日の5月11日に1000人の参加者を迎え、華やかに開催することができました。「原発・核はいらない」「戦争はいらない」「差別はいらない」という女性たちの祈りを、上野恩賜公園から全世界に発信できたことに感謝いたします。

2014年05月27日

【感想B】一参加者

ブログに掲載されている英語版歌詞の"Singing for Our Lives"を読んで、これは1970年代頃のゲイ解放運動と関係がある歌なのだろうと直感しました。が、日本語版には「ゲイ」も「同性愛者」も出てこないことに、それから私が読んだときに感じた歌詞全体の持つ大きな意味が読めなくなってしまっていることに、がっかりしました。もし英語版歌詞が原文で紹介され、その内容を紹介するための日本語の翻訳があり、さらに日本語版として全く別の歌詞をつけた、と書かれていたのなら、私の勝手な思い入れは脇においておこうと思えたかもしれません。
以下、今回あらためて調べたことを足しながら書きます。
この歌の原作者はHolly Nearという女性歌手でアクティビスト。ベトナム反戦運動や女性運動、そしてLGBTQ運動に関わってきた人です。
(ちなみに「LGBTQ」は、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー/トランスセクシャル/トランスベスタイト、クィア/クエスチョニングあたりの頭文字をつなげたもので、日本語で「性的少数者」と訳されることも多いです。歴史的な経緯から、こうした人たちをざっくりひとまとめにするのではなく、セクシュアリティに関連するアイデンティティについてわざと異なる位相の言葉を並べてあります。)
Near自身あえて(女性と親密な関係を結んだことがあるということ以上に政治的な意味をこめて)自分がレズビアンであると公にしてきたのですが、1978年サンフランシスコのハーヴェイ・ミルクとモスコーニ市長の暗殺事件を知ったのをきっかけにこの歌を作り、追悼集会で参加者と一緒に歌ったものだそうです(レコーディングが発売されたのは1983年)。ミルクは、当時米国で初めて同性愛者であることを公にした上で選挙に立候補し当選した非現職の政治家で、サンフランシスコ市の評議員(市会議員と訳されている場合もあります)でしたが、当選後1年も経たないうちに同僚だったダン・ホワイトに、モスコーニ市長と同じ日に暗殺されています。当時の社会状況と合わせたミルクの政治活動と暗殺について知るには、ドキュメンタリーとドラマ化された映画がおすすめです。
"Singing for Our Lives"の歌詞の初めの節には「we are gay and lesbian people」とあります。当時は(そしてその前もその後も)ミルクがそうであったように、同性愛者である/とみなされることで暴力の標的になり殺されかねない状況です。その状況の中で、集まった人の中には同性愛者であると自認する人が多かっただろうこと、ゲイであることを公にしていた公職者の暗殺があった直後に自分たちがそうだと歌うことは重かったことが想像できます。集まった人たちがこの箇所を含めて声に出して歌ったことに感動したNearは、2008年のミルク暗殺から30年の記念集会や2010年のインタビューでそのことを語っています。そしてNearは、この人たちはとても勇気のある人たちだったといいます。その後この歌は数え切れないほどの米国内外の反戦運動や反核運動、人権運動の場で歌われるようになり、その最初の部分も「we are gay and straight together」に変えられたりその他のフレーズが付け足されていったのだそうです。その後、Nearによれば、(異性愛者か同性愛者かというだけでなく、またゲイやレズビアンに限らない)セクシュアリティについて「私たちは〜である」といえるような言葉だけとりあげてもこの1フレーズに全部入れるのは無理なほどあることを学んだので、「we are all in this together」という部分が足されたとのことです。
詩の節を増やしていくことで「私たち」の多様性を並べ立てる形の歌詞として発展してきたこの歌の歴史は、私には大事な点だと思えます。またこの歌がangryだけでなくgentleだとあえて言うのは、どんなに巧妙に、悔しいことに理不尽に正当化されてしまう暴力であっても、その暴力の不当さが糾弾されない不正義に対しても、あえて「私たちは」非暴力で怒りを表明していくという決意のための言葉です。本当は本当に怒っているのです。日本語版の歌詞は「やさし」すぎるのではないかと思うほどに。だから全く別物の日本語版ではなく、英語版の翻訳が併記されていてほしいと願うくらいに。実際、ミルク暗殺に対する判決が出たときには大きな暴動が起こりましたし、この歌はこみ上げる怒りをぎりぎり押しとどめているような印象を、私自身は受けます。
異なる「私たち」が怒りを非暴力運動に振り向けて社会変革をめざすために書かれ歌われてきた歴史を持つこの歌が、今回の行進のテーマソングの一つとして採用されることはすばらしいと思います。ただ、歌に個別の歴史があることを知り、その積み重ねも、分かる範囲でしかないけれども、私は知っておきたいし共有したいと思いました。
今回調べたときに参照したページとビデオのアドレスはこちらです。
お時間のあるときに、ぜひ読んで/見て/聞いてください。
- Holly Near Interview (2010)
ハーヴェイ・ミルクの映画はこちら。
- "The Times of Harvey Milk" (1984)
"MILK" (2008)
(一参加者)
posted by やい at 20:44| Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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