多様化する女性の生き方、主義や主張、年代を超えて、輪となって繋がっていくことに希望と願いを求めてのこのアクション。 この閉塞した社会を変えられる可能性を女性たちは秘めている。 手をつなぎ、声高らかに歌を歌い、音を奏で、ままならぬ日本の現状に怒りも悲しみも願いもすべて、優しさとともにアピールする。 そのようなイメージを紡いで行きながら、ご賛同下さった皆様とともに未来への活力、喜びになる会を是非とも創りあげていきたいと切にねがっております。
女たち・いのちの大行進実行委員会一同

「女たち・いのちの大行進」は、母の日の5月11日に1000人の参加者を迎え、華やかに開催することができました。「原発・核はいらない」「戦争はいらない」「差別はいらない」という女性たちの祈りを、上野恩賜公園から全世界に発信できたことに感謝いたします。

2014年04月03日

【メッセージVol.1】 〜 5.11 おんなたちの行進 に向けてのメッセージ 〜

〜 角田尚子 (埼玉県) 〜
3.11以降、東日本の復興、福島原発事故収束、原発難民の人々への支援、おんなの問題が関わらない問題はひとつもないのに、社会は家族や社会の「絆」や男女の伝統的役割に問題解決を回帰させ、おんなの賃金は低いまま、また仕事の選択肢も男性中心の支援策が先行したままで、男女の経済格差は広がるばかりです。
家族の絆が強調される中で、「主人が」「家内が」という表現の暴力にも感覚を鈍麻させられ、まだ、わたしには、こんな時に語る言葉が、心を表す言葉が、身に付いていないことを思い知らされます。
そんな天邪鬼ゆえ、共感はするけれど、感情の大波には乗れない、乗らないまま、3年が立ちました。
その間、時代がどこまで逆流するのかと思うようなことばかりが、起こりました。
第二次世界大戦直後の選挙から、保守系の得票は25%とまったく変化していません。しかし、選挙制度のからくりで、16%の得票で、大勝利を収めた自民党政権。次の衆議院選挙までの間、どこまで、何を実現していくのやら。
○歴史認識の転倒
○国旗国歌の強制
○教科書の採択制度への政治的介入
○教育委員会の知事部局への編入
○武道の必修化と「文武両道」のような標語の採択
○自衛隊の海外派兵の恒常化
○集団的自衛権の行使
○対中韓の領土問題の緊張を強化するような政策や発言
○特定秘密保護法や国家安全法などによる「近代国民国家」制度の強化
1970年代、環境問題、日本においてはなかんずく水俣病などによる人権問題との関連で、環境問題は人権の問題であり、かつ普遍的な人類共通の課題であると国際社会は認めました。
以来、宇宙船地球号をどう舵取りするか、広大な宇宙に浮かぶ閉鎖系環境の限られた資源をどう分かち合うのか、ビジョンと正義の問題に、わたしたちは真摯に向き合ってきました。
解決しなければならなかった問題は、同時代における地域間格差の問題、未来の世代との間における負担の正義の問題でした。
どうすれば、未来の世代に対する負担を増やすことなく、また、自分たちの豊かな生活のつけを、他の地域の人々に押し付けることなく、この地球で持続可能に生き続けることのできるライフスタイルを確立することができるのか。
『死に向かう開発』Developed to Death, 開発して死に至るという著書の中で、テッド・トレイナーは言います。
「いま、大切なことは、このままでは続かないという意識を広汎に共有していくことなのだ」と。
1992年の地球サミットで、官産民の代表は、1970年代からの問題提起に一応の合意を見ることに成功しました。国際条約は、それまでの「国際社会の最低限の行動規範についての合意」という色合いを脱し、ビジョンに向かって努力する、問題解決型の約束へと成長したのです。
もちろん、人権の分野においては、世界人権宣言に始まり、市民的権利や経済的権利などの人権諸条約は、常に高いビジョンの合意の現れでした。
しかし、環境の分野において、これほどはっきりとビジョンが合意されたのは初めてだったのです。
いま、国際社会は、国際連合の下、大きく以下の三つのビジョンに合意し、その実現のための努力をすることを約束しているのです。
○ 武力による紛争解決は認めない=平和主義
○ 基本的人権の尊重とよりよい質の生きるということの実現=恐怖と欠乏からの自由を含む人間の安全保障
○ 持続可能な開発による環境保全
大量生産大量消費のライフスタイルが持続可能性を脅かしていること、技術解には限界があること、そして、解決のためには、「すべてのステイクホルダーの参加による合意形成と行動」が不可欠であることなどが、この間の議論で確認されてきていることなのです。
わたしたちの社会は未熟であり、まだまだこれらの約束は実現していません。しかし、「高い目標ほど、人を前へと前進させる」と言います。夢の実現をあきらめるには、まだ経験が浅すぎると思います。
それに対して、二つの抵抗があります。
「大丈夫だよ、なんとかなるよ、いまの豊かさをあきらめる必要はないよ。あなたのライフスタイルを見直す必要なんかどこにもないよ」という悪魔のささやきが、原子力発電です。
未来の世代にどれほどの負担をかけようとも、今現在も垂れ流されている放射能汚染水の海洋および環境への影響にも、そしてすでに被ばくした人々への影響にも目をつぶれば、何も気にすることはないというささやきです。
「あなたの生活」だけを見ていればいいのだよと。
もう一つは、このような問題解決型の行動規範、ビジョンに向かう生き方そのものを、「西洋進歩型」歴史観と批判する哲学です。
輪廻転生的な、と書くほどの知識がわたしには宗教について皆無なのですが、どこか刹那的な諦念のような、批判とも言えない、現実的対峙です。
このような時代にあって、「おんなたちの行進」はどこへ行くのか。
一人ひとりの意思と選択が問われているのだと思います。

未来はどこへ向かうのか、
わくわくするような時代にともにあることを喜びつつ、
一人ひとりの歩みを、
すべて認める多様性と受容、つながりと尊重のある一日となりますように、
メッセージを寄せたいと思います。
posted by ひかり at 20:49| Comment(0) | メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月19日

【2014年5月11日 女たち・いのちの大行進/呼びかけ】


『やさしく 怒りを こめて』
武藤類子:やより賞授賞式挨拶より抜粋

私がグリーナムコモンの女たちから学んだことがもう一つあります。
それは非暴力直接行動と言う闘い方です。

非暴力とは単に暴力を使わないと言うことだけではないのですね。
それは怒りを冷静に伝えること、
自分も相手も傷つけないこと、
ユーモアを持つこと、
そして自分の生き方も問うことだと学びました。
それは女たちに相応しい、優しく力強い闘い方だと思います。

いま私たちは生き方を問われています。

チベット仏教にターラと言う女神がいます。
観音様の涙から生まれたと言われています。
慈悲の神ですが、世界の悪に向かっては時に憤怒の形相で足を踏み鳴らすそうです。
優しく怒りを込めて女たちがこの世界を変えていきましょう。
5月11日、東京の上野水上音楽堂に日本中から女神が集い「女たち・いのちの大行進」を行います。

 〜〜 私たちは望む 差別と戦争と原発・核のない世界を   
    肩書のないひとりひとりの女たちが、本当のいのちの平和を創る
    あなたと一緒に歩きたい あなたと一緒に世界を変えたい 〜〜


赤ちゃんからおばあちゃんまで、障害を持つ人も、先住民の人も、外国籍の人も、
自分が女性だと感じる人はどうぞ集まって下さい。
私は89才の母と一緒に行きます。レンタルの車椅子を沢山借ります。
肩書なしの個人の参加です。思い思いに自作のプラカードを持ち寄って下さい。
今からワクワクしています。世界中で地に足をつけ闘って来た女たちが沢山います。
私たち女性には世界を変える力があることを、今この瞬間から心に思い起こしましょう。



いのちの大行進チラシ(仮).jpg
posted by ひかり at 21:38| Comment(0) | メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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